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衆議院議選挙 [国政]

選挙の実施が決まった。

首相が専権事項である解散を発令した。

党首討論でいきなり言い出したのは、、どういう意図だったのか。

思いつきのパフォーマンスなのか。効果の程は選挙の結果で判明する。

昨夜、ある立候補予定者の船体準備会議に出席した。

民主党を離党し、今回その後離党した第三勢力の党に合流した。

離合集散が起こり、両手の指で不足するほどの政党が乱立する中、新しく後援会長になられた方は、

何党かはたいした問題ではない。候補者を当選させることが使命だと語った。

党で選ぶことは、投票判断が難しい。

今のこの国には、2大政党態勢はなじまないのか、といって連立政権態勢はどうかというと、

自公をのぞいては、長続きしなかった。

政界再編が叫ばれているが、止まるべきこの指が、明確でない。

あまりにも多様すぎている。

小異を捨てて大同につくと言った第三極の方がいたが、本来は、小異を超えてで、なければいけない。

超えるだけの議論を尽くしてないのではないか。

本質まで遡って、小異を超えるべきである。

好き嫌いや、利益不利益が判断の大きな要素になっている間は、真の政党は形成されないと思う。

やはり、政党ではなく、政治家個人を選ぶしかないだろう。

それなりの議員を正解に送ることは大事だが、今の政党政治が、その芽を潰さないで、あってほしい。

そして、そこで成長した議員により、本来の政党ができることを望みたい。





タグ:政党政治
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共通テーマ:日記・雑感

憲法記念日に考える [国政]

カウントダウン 164です。

きょうは、憲法記念日。

憲法といえば、9条ですかね。

憲法は、通常の法律や条例が、国民市民に対し、その権利を制限したり、義務を課したりするのに

比べ、為政者たる国や政府を制限するものと記憶している。

改めて、国、政府の現状をある事件から考えてみる。

一つは、防衛である.

先日あるテレビ番組で、沖縄の基地について討論があった。

何故基地が必要か。国側の立場の人は、自民党であれ民主党であれ、アジアの緊張の

増大を理由に、紛争戦争抑止力として、必要という。

基地住民側は、基地があるから巻き込まれるのだという。太平洋戦争でいやというほど、

味わった。

必要側は、抽象的な概念論でしかなく、反対側は、沖縄の歴史的事実からの体験論である。

日米安全保障条約が、有効に機能しているから、基地があるから、平和が保たれているという。

では何故、有効なはずなのに、北朝鮮のミサイルが飛んでくるのか、と反対側はいう。

疑問を感じた。

米は、本当に平和を願っているのだろうか。

脅威の対象としている中国に、米の兵器を大量に輸出している。

自らが、脅威のもとをつくっておいて、

脅威があるから、基地や軍事同盟が必要だというのは、おかしいのではないか。

資本主義というマネーゲームを前提としているので、軍需産業、兵器産業は容認して、

それを基にして、危機脅威をあおり、軍需防衛予算を執行し、ゲームを拡大している。

マネーゲームを根本に置いた、パワーゲームである。

軍事評論家の話は、ゲームソフトで遊んでいるゲーマーようだ。

それがお好きな方は、パソコンの中で十分におやりください。

国民の尊い生命・財産・人権に関わる政治の上では、止めてほしい。

もっと真剣に、話し合って、友好関係で、誰もが望んでいる平和構築へ努力して欲しい。

理想論では駄目だと、よくおっしゃる。歴史を見れば、戦争の繰り返しだ。人類の宿命だとも。

個人レベルでは、国を超えた、民族を超えた、宗教を超えた争いはないはずだ。

それが何故か、国という、宗教という良く分からないものの段階になると、対立が始まる。

国や宗教を守りたいために、そこで団結するために、仮想敵を作り上げているのではないか。

国がなければ、宗教がなければ人々は、安穏な生活が人生が送れないという幻想に惑わされていないか。

原点に返ろう。まずは、人間、個人ありきであった。国や宗教は一つの仕組み、手段であったはずである。

もう一つは、関越高速での貸切バス事故である。

今回の事故は、確かに運転手に非はある。職業上の義務を適切に遵守しなかったので、当然である。

バスの運行会社も、管理責任は免れない。

小泉改革以降、自由競争社会で推進してきた側(国・政府)の反省として、

セイフティーネットをしっかりと整備する必要があると、何度も聞かされてきた。

自由競争では、コストダウンが強く求められる。

どこまで自由を許すのか、当事者(旅行会社とバス運行会社)間では、立場上旅行会社が強い。

そこで、安全、安心、健康などを配慮して、一定のルール・指針をかけるのが、国・政府である。

ところが、国交省の定めたルールは、根拠が不明で、旅行業界の要望に沿ったのではないかとも

いわれている670km/日までは、1人乗務できるというものだった。

さらに、総務省の見直し勧告が2010年に出され、3回勉強会をして、そのままになっていた。

縦割り行政というか、責任感のなさ、いわゆる公務員体質そのものが露呈した事件である。

今回の真の加害者は、国交省安全政策課ではないか。県警は、ここを捜索すべきである。

政策課は「上限値も含めて見直しを議論していくことになる」とコメントしている。

当事者意識が全くない。

真の加害者は、責任は取らず、自覚さえせず、管理者として、今後も居続ける。

3.11で明らかになった政府の体質、未曾有の事故ということである面大目に見てきたが、

関係ないことが分かった。

彼等の本質なのである。

末期的症状ではないか。

以上二つのことから、憲法、国について、考えてみた。

市政に市民目線、感覚を!の 袖ケ浦市議 田中 てるひろ

国政と情報 [国政]


カウントダウン 192です。

政府が、躍起になって動いている震災がれきの、広域処理。

震災復興が遅れているのは、震災地域以外での受け入れ拒否のせいだと言わんばかりの報道を、

国民の多くが、信じきっているようだ。

受け入れに躊躇している自治体に対し地元住民が、「恥を知れ!]だとか、「絆は、見せ掛けなのか。]など、

感情的な意見があり、納得感が蔓延している。

先日地上波のニュースで、見た内容だが、仮設住宅からの移住が遅れている被災者へのインタビューで

被災者が指差す先の移住予定になっているところに、ガレキの山があった。

ガレキが取り除けないので、住宅が建たないというのである。

これだけ見ると、ガレキが復興の邪魔をしているとなり、処理を急ぐ必要があり、

全国の自治体が協力しなければと、思ってしまう。

ところが、地上波TVや新聞に余り取り上げられていない情報がある。

被災地自治体の町の話で、「東北には、浸かっていない土地がたくさんあり、無理して片付けなくてもいい。

時間をかけて、地元で片付ければ、その間地元に雇用が生まれ、金も落ちる。」

「急いで処理する必要がないのに、多額の税金を使って、受け入れの賛否でもめている被災地外に運び、

処理をするのは、被災地イジメだ。」

国は、東北3県のガレキの8割を、地元で処理し、2割を外で広域処理をするとしている。

3月末での、処理進捗は、岩手で、14%、福島宮城に至っては、数%である。

阪神淡路のときのガレキは、2000万トン、それを兵庫大阪2県で、処理した。1年半後に90%処理した。

被災地外で処理はしていない。

今回は、2253万トンと1割ちょっと多いだけで、面積から言うと、兵庫大阪の3.6倍で、人口は3分の1である。

どうかんがえても、ガレキ処理が、復興の足かせになっているとは思えない。

政府の対応のまずさから国民の目を背けようとしているとしか思えない。

細野氏は、2割の広域処理をお願いに奔走するのではなく、阪神淡路の実績を踏まえて、また、

都会と異なる地域での税金の使い方を考えて、地元にとって一番いい方法を探るべきではないか。

大手ゼネコンのガレキ処理利権のうわさも聞こえてくる。どっちを向いて仕事をしているのか。

政府,マスコミ一体となって、情報を操作しているとしか思えない。

マスコミでなく、政府広報機関といわれても仕方ない。

同様なことが、北朝鮮の人工衛生打ち上げ報道にも、見えてくる。

世界が、人工衛星打ち上げと認めているのに、何故、PACK3、イージス艦の大移動出動が行なわれるのか、

打ち上げが失敗した場合の落下物を破壊するためとしているようだが、落下物は、大気圏に突入すると、

燃えてしまうとか、落下物が打たれて、数個に分裂すれば、それは防ぎようがない。

以前韓国が同じ方向軌道で人工衛星打ち上げを行なったときは、日本は何もしなかったとか、

今回は、なぜか、不可解である。

防衛省として、格好な実践差さながらの演習の、口実ができたということだろうか。

公共放送局が頻繁に伝えている。これも、偏向、操作といえないだろうか。

日本だけが、異常に反応しているとの報道もある。これにより、多額の税金が使用され、

財政を圧迫する。

国に対して益々、不信が高まりつつある。

確実に、地方が、最後の砦になってきた。

市政に市民目線、感覚を!の 袖ケ浦市議 田中 てるひろ

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